4、6万年前から、Koories(先住民アボリジニ)達の先祖がここオーストラリアに住んでおりました。今なお先住民たちの多くの生活様式も残されております。先住民は小さなグループでシーズン及び食物の供給により移動しながら環境に密接し簡単な道具で狩猟などをしておりました。また殆どの先住民は同じような生活様式・宗教を信じておりました。多くの先住民達は、『どりーみんぐ』(The Dreaming)時代からオーストラリアに住んでいると信じ、先祖の精霊が地球外から空からこの土地を歩き、岩・山・川・森・砂漠を形成し、人間・動物・植物を作り、精霊は法律・習慣・歌・ダンス・デザインを提唱するという一般的な宗教でした。


Koori芸術は、ドリーム時代の人間と精霊の間の世界を表しています。岩などに描かれた芸術に触れると魂が抜けると言われています。手法は地球色、赤・茶・黄・黒・白色で生活様式が描かれ特に動物・植物は大変重要な対象物であり宗教的・毎日の生活必需ひん・食べ物・狩猟・魚などです。東南オーストラリアン・アボリジニは、ここビクトリア州に住んでおりました。すばらしい集団生活・狩猟などの文化を形成し今でもグランピアン国立公園(The Grampian National Park)では、ロックアート(岩に描かれた芸術)を見られます。

1798年ウエスタン・ポートをジョージ・バスが発見。
1803年ジョン・マーレーは最初のヨーロッパからの航海でポート・フィリップ湾に到着。
1804年最初のヨーロッパからの移民は、ソレントという所で入植。
1834年にヨーロッパよりの移民が本格的に始まり、Koori達に対する虐殺、ヨーロッパから持ち込んだ病気の伝染、一般生活を破壊が始まりました。ビクトリアは、ニューサウス・ウェールズのポート・フィリップ地域から始まる。
1835年5月にジョン・バットマンが、ヤラ川を上り『The place for a village』村の場所と呼び、『Batmania,Bearbrass and Melbourne』と命名しました。
1835年8月ジョン・パスコ・フォークナーがヤラ川を帆船エンタープライズで上りこの地域を選定し、その結果1836年には、最初の移民として145名の女性・35名の男性がやって来ました。(公式には1837年にメルボルンと命名)
既に、この当時ロバート・ホドルによって将来に向けての道幅の広い都市設計(この当時既に現在のメルボルンの都市設計がなされていた)が始まり、移民達の持って来た羊など各地に散らばり、これによりメルボルンは港・郵便局・銀行・新聞社・教会・学校・病院・劇場・居酒屋など中心的な都市に発展しました。


1851年バララット/ベンディゴ/キャスルマインで金が発見され世界各地から金を採掘のため多くの移民が入り『ゴールド・ラッシュ』の始まりです。またこの当時、州をビクトリア州と呼びニューサウス・ウェールズ州とは、切り離された。
しかし、1854年『Eureka Stockade Rebellion』ユーレカ・ストケード暴動がバララット勃発しました。オーストラリアの歴史上において大きな出来事です。多くの採掘者が金を求めこの土地にやって来ましたが、メルボルンの政府が採掘者に対し金が発見されようが否かに関わりなく採掘権を収得するように法律を制定しました。これに対して採掘者は金が発見出来なければ採掘権などはいらないと猛反発しましたが、政府はゴールドフィールド警察を設置して権力で弾圧をするようになり、これにより益々政府と採掘者の間で採掘者が殺害されたりホテルに焼き討ちをかけたり暴動が大きくなって来ました。

数千人の採掘者が、バークレーの丘に集まり、南十字星(Southern Cross)の旗の下で採掘権を焼き、自分達の正統性を叫びました。しかしついに1854年12月3日早朝政府は、警察・軍隊をユーレカ(Eureka)内にバリケードを張っている採掘者達にたいして全面攻撃をかけました。採掘者達は、ことごとく敗北をきっしましたが後には、政治的に勝利を勝ち得その結果オーストラリアの民主化が進み出しました。

1855年メルボルン大学・ビクトリア州立博物館・州立図書館・国立美術館が設立。
1857年メルボルンの街にガス灯が点る。
1880年メルボルン国際博覧会開催。100万人以上が見学。
1883年メルボルン/シドニー間の鉄道が開通。
1901年6つの州が統合され、今日のオーストラリア連邦が誕生、メルボルンがキャンベラに首都が移るまでオーストラリアの首都に制定。
当時、国会議事堂がなかったため、ビクトリア州議会は連邦政府に州議会を好意で提供し、ビクトリア州議会は当議事堂のすぐ北に有る博覧会場に移りました。
その後、1927年まで、当初の予想よりも遥かに長い期間、連邦政府に議事堂を提供することになる。
(左)現在は、博覧会の催しに使用されている。




1906年トラム(市電)が走りだす。
1917年最初の飛行機がシドニーからメルボルンへ初飛行。
1924年最初のラジオ放送(3AR)が始まる。
1934年『Black Friday 』と呼ばれ、歴史上大きな山火事があり、かなりの犠牲者を生む。
1956年メルボルンにてオリンピックが開催。テレビ放送(GTV9)がされる。
1970年メルボルン国際空港開港。
1974年『Advance Australia Fair』がオーストラリアの国歌に制定。
1983年『Ash Wednesday』灰の水曜日と呼ばれる山火事が勃発、48名死亡。
1988年オーストラリア建国200年祭。
2000年シドニー・オリンピック開催。


ビクトリア州の州旗(上)
ビクトリア州の州花(右)
ヒース(Heath)と呼ばれる花
ビクトリア州のモットーは、
『Peace and Prosperity』平和と繁栄